終戦記念日

今日は平和な終戦記念日
みなが平和への思いを新たにする日。
平和な日々がこのまま続き
世界が平和になりますように
過ちは繰り返しませぬから。

聞きなれたことばに却って違和感を感じた。
そういう風に言っていいのかどうか、
今年の終戦記念日
去年のそれと同じなのかどうか。

今は有事だと多くの人がメディアで何度も語っている。
単純に字面を追うのなら過ちは繰り返されているはずだ。
それとも有事は比喩なのか、
それなら何の比喩だったのか?

他国が攻めてきたわけではなく、
武器が使用されたわけでもない。
被災地の惨状を
戦争に例えたかっただけなのか。
大災害が起こっただけで有事と呼ぶのでないとするなら
そうでないとしたら、有事とは
人災といっていい杜撰な原発事故のあとで
国と企業とマスコミが大本営発表を繰り返したことだろう。

もし今を有事とあえて呼ぶなら
僕たちは殺し合いは知らないが"過ち"を知らない世代とはいえない。
66年前に何が起こったのかの一端を今も垣間見ているといってよかろう。
そうしたらまず謝らなくてはならない。
戦火に消えた先人の命に対して
犯した過ちを総括して報告する義務があろう。
その上で、次の世代に対して
この有事の経験を語り継いでいかねばならない。

そのくらいの覚悟でもって「有事」の言葉は使って欲しいと思う。